THAI NGUYEN輸出入株式会社(BATIMEX)

ホイアン・日越関係の歴史的足跡

ホイアン (Hoi An) とは、ベトナム中部クアンナム省の都市であり、ダナン市の南方30キロ、トゥーボン川の河口に位置する古い港町です。

 

16世紀から17世紀にかけて、当地はオランダ人や中国人、日本人、ポルトガル人などに「ファイフォ」 (Faifo) 港と呼ばれていました。この時期には、ホイアンが非常に盛んで賑やかな貿易の中心地であり、極東地域(太平洋に臨むアジア東部の地域)の大きな交易港の町でした。ここは多くの日本人にとって第二の故郷でした。彼らは、ここで日本風の生活様式で暮らし、独特な習慣などを作りました。そして、長さ2キロくらいの日本人町を形成しました。最盛期には一千人の日本人がこの地に居住していたと言われています。日本人町では、林立する二階建ての木造建物があり、強い日差しを除けるため、一階部分に深い軒庇が並んでいる様子は印象的です。

 

ホイアンの道

 

1635 年、日本が商船の外国渡航を禁じたため、日本とベトナムの貿易 は衰退しました。当時ホイアンに住んでいた日本人は、帰国せずにそこに残って生活し続けていました。在ベトナム日本居留民の中に、ゴックヴァン姫 (グエンフックグエン氏の娘)と結婚した荒木宗太郎が居りました。後年、彼女は自分の夫の故郷である長崎に移住して、1643 年(1645年と書いてある本もある)に生涯を終えました。現在、長崎歴史文化博物館には、彼女がベトナムから持ってきた「安南国鏡」と刻まれた貴重な鏡が保管されています。

 

川の静かさ

 

この時期には、日本以外に、中国やオランダとの貿易関係もありましたが、政府は日本の商人に好意を示していました。そして、東南アジア地域諸国との取り引きには、ホイアン港が主要な港になりました。

 

そして、日本人はベトナム政府と深い関係も持っていました。ベトナム政府が数人の日本人有力者を登用したのです。その中には、ドミンゴ (1633年ー1636年)、林喜右衛門 (1637年ー?)、角屋七郎兵衛 (1668年ー?)などがいました。

 

更に、18世紀は、日越交流の歴史を示すシンボルと言われる「来遠橋」(既にいなくなった日本人を懐かしみ 、論語の「朋有り遠方より来た」に因んで、「日本橋」とも名付けている)が作られました。風水の視点から見ると、この橋は地方を「荒」から「安」に変えるお守りのようになっています。伝説によると、ホイアンでは大怪物のナマズが暴れて、その尾びれで地震や洪水の災害を起こしました。それを鎮めるため、1653年にナマズの背中を刺す刀のように橋のすぐ北側にお寺を建てました。この時から地元の人はカウ(橋という意味)寺と呼ぶようになりました。カウ寺の興味深い点は、寺の中には仏陀ではなく、鎮武北帝の神様を安置していることです。この神様は地域を守り、町民に平和で幸せな生活をもたらすと信じられています。

 

又、この地には日本風のお墓が今も残っています。

 

今まで保存されている遺跡を見てみると、日本人がベトナムのホイアンに来て、ここで暮らし、地元人と取り引きしていて古くから日越関係が形成されていたことが分かります。ホイアンは1999年に古い港町が世界文化遺産に登録され、観光スポットの目玉として多くの人々が見物に訪れています。ベトナムを訪れる機会があれば、ホイアンへ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

吊り灯籠の綺麗さ

 

カウ橋

 

 

BATIMEX人材派遣会社は優秀な技能実習生を送り出しております。ご相談・ご意見があればご気軽にお問い合わせください。

 

 


THAI NGUYEN輸出入株式会社(BATIMEX)

本社: No.25, Hoang Van Thu st., Phan Dinh Phung ward, Thai Nguyen city, Thai Nguyen province, Vietnam

ハノイ支店: 2F, Simco building, No 28 Pham Hung st., Hanoi, Vietnam

電話: +84 24-7304-9788

ファックス: +84 24-3212-3682

Eメール: Japan@batimexhr.com.vn

ウェブサイト:www.batimexhr.com.vn/ja/